大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和57年(行ウ)25号 判決 1989年9月25日

原告

鹿 間 幸 一

被告

右代表者法務大臣

後 藤 正 夫

右指定代理人

高 須 要 子

外五名

被告補助参加人

高 砂 市 長

足 立 正 夫

右訴訟代理人弁護士

後 藤 三 郎

坂 本 義 典

大 西 裕 子

主文

一  被告は、原告に対し、金三00万円を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟の総費用は、被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一四六三万二000円を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三二年三月三一日、参加人から可搬式給油施設による給油場の設置許可を得ていたが、参加人に対し、昭和四八年三月二八日、危険物の規制に関する政令(以下「本政令」という。)七条二項に定める書類を添付して、消防法一一条一項に基づき、地下タンクによる固定式給油取扱所に変更する危険物給油取扱所変更許可申請(以下「本件申請」という。)をし、同申請は同月三0日受理された。なお、原告は、同日、参加人に対し、右給油取扱所内に設置する危険物一般取扱所の同法同条同項による設置の許可、同法同条五項による危険物給油取扱所仮使用承認の各申請をした(右各申請は、本件申請に対する許可を前提とするものであるから、以下、右各申請に対する参加人の応答についての論述は省略する。)。

2  本件申請に係る取扱所の位置、構造及び設備は、消防法一0条四項、本政令の定める技術上の基準(以下「本件基準」という。)に適合している。

3  本件申請の許否の判断をするために必要な相当期間は、昭和四八年四月六日には既に経過していた。

4  よって、参加人は、原告に対し、右相当期間の経過前に、本件申請を許可すべき義務を負っていた。

5  しかるに、参加人は、昭和六二年八月三一日までに、本件申請を許可せず、昭和五八年二月九日には、同申請を不許可とした。

6  参加人の本件申請を許可すべき義務の懈怠は、その故意または過失に基づくものである。

7  原告は、参加人の右義務の懈怠により、次の損害を被った。

(一) 昭和四八年四月六日から昭和五八年二月九日までの慰謝料として金二00万円

(二) 右不許可処分のなされた昭和五八年二月九日から昭和六二年八月三一日までの慰謝料として金一00万円

(三) 原告は、危険物取扱者の免状の交付を受けており、本件給油取扱所の危険物保安監督者として報酬月額四万円を得ることができたはずであるから、昭和四八年四月六日ないし昭和六二年八月三一日の一四年四か月分の右報酬額に相当する金六八八万円

(四) 右相当期間内に本件申請が許可されていたなら、原告の経営する給油店は、昭和六二年八月三一日当時月間ガソリン販売量三0キロリットルの店になっていたはずであるのに、実際は同0.六キロリットルの店となっている。その差二九.四キロリットルの月間販売量を原告は逸失した。昭和六二年七月のガソリン一リットルの原価を一一0円、荒利益(全必要経費を除かない利益)を一割二分として計算した一年分の右逸失利益金四七五万二000円

よって、原告は、消防法一一条二項の許可処分の参加人に対する委任者たる被告に対し、国家賠償法一条一項により、右損害の合計額金一四六三万二000円を支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

(被告及び参加人)

請求原因1の事実は認める。同2及び3の事実は否認する。同4の主張は争う。同5の事実は認める。同6の主張は争う。同7の事実は否認する。

三  抗弁

(被告及び参加人)

1 本件申請の停止条件

(一) 原告代理人の三菱石油株式会社(以下「三菱石油」という。)大阪支店長川崎太郎及び兵庫県内海漁業協同組合連合会(以下「内海漁連」という。)石油課長岩城昭は、昭和四八年四月六日、参加人に対し、隣接住民の同意書を提出するまでは、本件申請書の受理につき異議を申さない旨述べ、同意書の提出を前提としてのみ本件申請が受理されることを承諾した。仮に原告が右川崎または岩城に予め本件申請に関する代理権を授与していなかったとしても、原告は、隣接住民石原誠一あてに送付した昭和四八年四月二三日付け内容証明郵便(乙二0号証の一)において、「滝本高砂市消防長から給油取扱所に隣接する石原誠一様より同意書をもらって来いとのことであったので、先日三菱石油代理店内海漁連の岩城昭氏がお訪ねしたところ、御貴兄は右同意書を書くことを拒絶されました。右経緯につき高砂市長に報告しなければなりませんので本郵便物を出させていただきます。」との趣旨を述べ、もって、岩城昭に対し、右無権代理行為の追認をしたものである。

(二) そうすると、同意書の提出がなされるまでは本件申請行為はないという意味に解さざるをえない。

2 同意書の不提出

原告は、参加人に対し、本件申請に際し、次のとおり、隣接住民の同意書を提出すべき義務があるのにもかかわらず、これを提出しない。

(一) 同意書を提出する旨の原告の承諾

(1) 原告は、昭和四八年三月三0日、参加人に対し、右同意書を得ることを約した。

(2) 抗弁1(一)と同旨。

(二) 本件申請の審理における必要性

昭和五0年法律第八四号(昭和五一年六月一六日施行)による改正前の消防法一一条二項は、給油取扱所の位置、構造及び設備が技術上の基準に適合しているときは許可を与えなければならない旨規定していたが、本件基準の適合性の審理の過程においては具体的事案に応じ合理的な範囲内で行政庁の価値判断、裁量が入らざるをえない。特に、消防法一0条四項、本政令一七条一三号にいう「当該給油取扱所に接近して延焼のおそれのある建築物があるときは、へい又は壁を防火上安全な高さとしなければならない。」という点については、隣接住民石原誠一の主観すなわち安全感が合理的範囲内において一つの重要な資料となる。

(三) 条例上の根拠

原告の設置する右給油取扱所は、高砂市環境保全条例(昭和四七年七月一日制定、公布)にいう「指定工場等」に該当し(一条三項、別表第2の89号)、その「種類、場所及び方法」を変更しようとするときは、新たに参加人の許可を受けることを要し(三0条一項、二三条二項七号)、参加人は右の「許可をするにあたっては、公害の防止のため必要な限度において、条件を付することができる。」と定められており(三0条二項、二四条二項)、その条件の一つとして隣接住民の同意書の提出を申請人に要求しうる。そして、地方公共団体は、消防行政に関しては、固有の自治事務として、第一次責任と権限を有し、また、地方自治は憲法上の制度として保障されているから、消防法一一条二項に定める市長の許可処分は、市長の地方公共団体の長としての職責と矛盾するものであってはならない。よって、参加人は、消防法による本件申請に対する処分と環境保全条例に基づく処分を統一して行うため、後者に付しうる条件である隣接住民の同意書の提出を、前者の処分の条件とすることが許される。

3 行政指導の適法性

仮に原告が参加人に対し右同意書を提出する義務を負わないとしても、参加人が原告に対し右同意書の提出を促す行政指導をすること及び右同意書の提出があるまで処分を留保することは、いずれも適法である。

4 故意、過失の欠如

(一) 参加人は、昭和四八年四月六日、同年三月三一日付けで本件申請に対する許可書の原本とその写し(甲第一一号証の四)を作成し、その写しを三菱石油大阪支店の千家課長に交付した。よって、参加人は、右により既に許可処分をしたものと思っていた。

(二) 差戻前の第一審判決において、本件変更許可処分の存在が認められたから、その言渡しの後には、参加人に故意または過失はない。

(三) 参加人は、昭和五七年七月一五日の本件上告審判決の言渡後、本件申請に対する不許可処分をした昭和五八年二月九日まで、原告に対し、本政令七条二項に定める書類の補充を求め、また隣接住民の同意書を提出するよう行政指導したが、原告がこれに応じなかった。よって、この間、参加人に故意も過失もない。

5 不許可処分

(一) 参加人は、昭和五八年二月九日、本件申請を不許可処分とし(以下「本件不許可処分」という。)、原告にその旨通知した。

(二) 右不許可処分の理由は、本件申請に対し必要な審査をするため、参加人から原告に対し、左記の書類の提出を再三求めたが、原告がこれを拒絶したので、審理することができなかったからである。

(1) 本政令七条二項に定める書類(昭和五七年当時作成に係るもの)

(2) 消防法一一条二項に定める「公共の安全の維持又は災害の発生の防止に支障を及ぼすおそれがない」ことの重要な判断資料としての隣接住民の同意書

(3) 高砂市環境保全条例三0条一項に基づく変更許可申請書

(参加人のみ)

6 申請意思の欠缺

原告は、本件申請をするに際し、本件許可処分の許可書の写しを求めたが、その許可書原本の交付を受ける意思を有しなかった。

7 相当期間内の不許可処分

参加人は、昭和四八年四月六日、原告代理人である三菱石油及び内海漁連に対し、左記三条件を原告が補充しない場合は本件申請を不許可とする旨告知した。

(一) 地下タンク通気管及び遠方注入口は火災予防のため給油取扱所東側中央に位置変更すること。

(二) 敷地南側及び東側に設置する防火塀は鉄筋ブロック造りとすること。

(三) 変更申請による廃油四00リットル、オイル六00リットルは、貯蔵庫がないため給油取扱所での取扱いは許可できない。貯蔵する場合は、貯蔵庫を設置すること。この場合、後日改めて変更申請をすること。

8 信義則違反

原告は、三菱石油及び内海漁連とともに、ともかくガソリンスタンドの割当枠を確保するために、参加人に再三懇請して強引に無条件の許可書の写しを入手したが、一旦これを入手するとにわかに態度を豹変し、写しが存する以上はその原本があるはずであり、それはすなわち無条件の許可処分が存する証拠であるという論法で、参加人に許可処分の存在確認を迫った。本来の許可処分はしなくてよいという内々の約束を信じて、原告に対する便宜を計るために写しのみを作成してしまった参加人の担当者は、不正行為の追及を恐れ弁解の言葉すら失ってしまった。しかし、原告のこのような要求は、信義に反することが明らかである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)のうち、原告が川崎または岩城に予め本件申請に関する代理権を授与したことを否認し、右両名の代理行為は不知。原告がそのような内容証明郵便を出したことは認めるが、その評価は争う。抗弁1(二)の評価は争う。

2  抗弁2冒頭のうち、義務を負うとの主張を争い、同意書を提出しないことは認める。

(一) 抗弁2(一)(1)は否認し、同(2)の認否は抗弁1(一)の認否と同じ。

(二) 抗弁2(二)及び(三)の主張は争う。

3  抗弁3、4の主張は争う。

4  抗弁5のうち(一)は認め、(二)は否認する。

5  抗弁6ないし8は、すべて争う。

第三  証拠<省略>

理由

一本件申請の存否

1  本件申請が外形的に存在したことについては、当事者間に争いがない。

2  <証拠>によれば、本件申請後の経緯として次の事実が認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

すなわち、参加人は、昭和四五年以降、給油取扱所の設置、変更許可申請の際、事前に隣接住民の同意書を提出させる扱いをしていたので、昭和四八年三月三一日原告に対し、隣接住民である石原誠一の同意書の提出が本件申請の条件になる旨連絡し、その提出を求めたが、原告は、法律上の根拠がないことを理由に、終始これを拒否していた。他方、参加人は、三菱石油を原告の代理人と考えて対応していたところ、右三菱石油及び同じく原告の石油元売り会社である内海漁連から、原告が通商産業省から昭和四七年度の給油取扱所の変更の枠を得るためには昭和四八年三月三一日までに本件変更許可処分が効力を生じていなければならないため、何としても右三一日付けで本件変更許可処分をしてもらいたい、なお同年四月六日が本件変更許可処分の許可書の写しを添付して大阪通商産業局長宛に昭和四七年度の前記変更の枠の申請手続をする最終日であるとの懇請を受けた。そこで、参加人は、右同日、同年三月三一日付けの本件申請に係る給油取扱所変更の許可書の原本とその写しを作成したが、その際、参加人は、右写しの条件欄に隣接住民の同意書を提出すべき旨を記載すると前記変更の枠が流れてしまうので、その旨を記載しない代りに、三菱石油大阪支店及び内海漁連から連名で「工事に関する貴市指定隣接住民の同意書を提出するまで本件変更許可書の受理につき異議を申しません。」等と記載した念書(乙第一号証)を差し入れさせ、これと引換えに右許可書の写しを三菱石油大阪支店の千家課長に交付し、他方、原告に対しては許可書原本を交付することなく、終始、隣接住民である石原誠一の同意書を提出することを求めた。

原告が、右の経緯の途中あるいはこれに先立って、三菱石油または内海漁連に対し、本件申請手続に関する代理権を授与したことを認めるに足りる証拠はない。

3  参加人は、原告は給油取扱所の変更の枠を得るために本件許可書の写しを求めたのみであって、その原本の交付を受ける意思がなかったと主張する(抗弁6)けれども、右に認定したとおり、許可書の写しを参加人に求めたのは三菱石油及び内海漁連であり、原告はこれに関与していなかったと認められるから、右主張はその前提を欠き、失当である。

4  抗弁1(本件申請の停止条件)について見るに、三菱石油または内海漁連が原告の本件申請についての代理人であったとは認められないことは前叙のとおりであり、また、抗弁1(一)記載の原告の発した内容証明郵便の内容からは、直ちに原告の右両名の無権代理行為の追認と評価することはできない。よって、抗弁1は理由がない。

5  すると、本件申請は無条件で存在したと言うほかなく、参加人が本件申請を昭和四八年三月三0日に受理したことは当事者間に争いがないので、参加人は、相当期間内に同申請に対する許否の処分をなすべき義務を負うに至ったと言うべきである。

二本件基準への適合性

<証拠>によれば、原告の本件給油取扱所の位置、構造及び設置が本政令に定める技術上の本件基準に適合していることが認められる。もっとも、当審証人尾吉敏一は、本件申請内容が本件基準に適合していないとし、その理由の一つとして、地下タンクの通気管(乙第一七号証中記録二四0丁)の出口は地上四メートルの高さで防火塀より一メートル離れてはいるけれども、隣家の石原方の木造家屋の高さが七メートルあり、その途中の高さに右通気管の出口が位置することになり、火災の安全上からいえば本件基準に適合していないと思う、具体的には本政令一七条六号、一三条八号に違反する旨述べる。しかし、本政令一三条八号は通気管の構造を自治省令で定めるとし、これを受けた危険物の規制に関する規則(昭和三四年総理府令第五五号)二0条三項、二項、一項一号にその細目を規定しているのでこれを精査するも、同証人の指摘する点が右の細目に合致していないものとは認められず、同証言は採用の限りでない。また、同証人は、①前記通気管が地上で屈曲しているため強度が弱い、②敷地南側及び東側に設置する防火塀が鉄筋ブロック造りでない、③本件申請にある廃油四00リットル及びオイル六00リットルの取扱いはその貯蔵庫がないため許可できないとの各点を指摘して本件申請の内容の本件基準への不適合を述べるけれども、いずれも本件基準の細目に抵触するものではないので、同証言も採用しない。

本件申請当時、消防法一一条二項は、市長は取扱所の位置、構造及び設備が本件基準に適合するものであるときは許可を与えなければならない旨規定していたのであるから、本件申請を受けた参加人はもはや選択の余地はなく必ずこれを許可しなければならない義務を負うものである。そして、参加人の負う本件申請を許可すべき義務は、憲法二二条一項の定める職業選択の自由(営業の自由)を全うさせるものであることに照らせば、その懈怠は直ちに違法であるといわざるを得ない。

三同意書の不提出

1  被告及び参加人は、原告が隣接住民の同意書を提出しないときは、参加人は本件申請を許可すべき義務を負わない旨主張する(抗弁2)ので、判断する。

2  前叙のとおり、原告は終始一貫して同意書の提出を拒否していたのであって、抗弁2(一)(1)の事実(原告本人の承諾)は、これを認めるに足りる証拠がない。

抗弁2(一)(2)(代理人による承諾)の事実も、同様に、認めることができない。

3  本件基準特に本政令一七条一三号の要件の充足の有無は客観的に判断すべきものであり、その規定の文言の通常の用語例に従えば、隣接住民の主観や同意を右判断の過程で考慮に入れる余地はない。よって、抗弁2(二)は理由がない。

4  さらに、被告及び参加人は、条例を根拠に、原告が同意書を提出しない限り本件申請を許可すべき義務を負わない旨主張する(抗弁2(三))けれども、法律が参加人に対し本件申請を許可すべきことを一義的に命じているときに、法律の範囲内でのみ制定することができるとされる条例(憲法九四条)をもって、法律の右作為命令を覆すことはできない。

5  すると、原告は、参加人に対し、本件申請に際し、隣接住民の同意書を提出すべき義務を負うことはなく、原告の右同意書の不提出は、参加人の本件申請を許可すべき義務を消滅せしめるものではない。

四行政指導(抗弁3)について

参加人が、原告に対し、右同意書の提出を促す行政指導をしたとしても、それに服従するか否かは原告の任意であるから、同意書の提出があるまで処分を留保することは、行政指導への不服従を理由として、本件申請に対する許否の処分を懈怠するものであって、許されない。

五相当期間

以上によれば、参加人は、本件申請を受理した昭和四八年三月三0日から相当期間内にこれを許可すべきであったことになり、その相当期間とは、参加人が、消防法一0条四項、本政令で定める技術上の基準に適合するか否かについて、行政庁として通常要求される水準の調査、検討及び判断を踏まえて本件申請に対し応答することができる期間を意味すると解すべきところ、前記証人若宮元の証言によれば、本件における右の意味の相当期間は受理後一0日ないし一五日間であったことが認められ、すると、参加人は、遅くとも昭和四八年四月一五日ころには本件申請を許可すべき義務の懈怠の状態に立ち至ったと認めることができる。参加人は、相当期間内に本件申請を不許可としたと主張する(抗弁7)けれども、これは、証拠に沿わない事実であるうえに、参加人の前記許可すべき義務の懈怠を自認するものであって、主張自体失当である。

六消防法の改正

1  昭和五0年法律第八四号(昭和五一年六月一六日施行)により消防法一一条二項は改正され、給油取扱所等の設置、変更の許可の要件に、本件基準への適合の他に、「当該製造所、貯蔵所又は取扱所においてする危険物の貯蔵又は取扱いが公共の安全の維持又は災害の発生の防止に支障を及ぼすおそれがないものであるとき」(以下「新設許可要件」という。)が付加されるに至った。

一般に、行政は常に法律に適合していることを要するから、行政処分は、その処分当時の法律に準拠してなされるべきである(最高裁判所昭和五0年四月三0日判決民集二九巻四号五七二頁)。しかしながら、申請に対する行政庁の不作為について不服申立て(行政不服審査法七条)や不作為違法確認の訴え(行政事件訴訟法三条五項)が認められていることに照らせば、行政庁が警察許可の申請を受理したときは、一定期間に処分をなすべき旨の規定のない場合であっても、相当期間内に許可、不許可の処分をなすべき義務を負い、申請人はこれを求めることができるという法律上保護に値する地位を有すると言うことができ、従って、もし行政庁が相当期間内に処理すれば旧法を適用して許可すべきところを、不作為のまま放置し、その間法改正により許可の要件や基準が厳格化したため、それを理由に不許可処分にすることは、右の申請人の地位の侵害を正当化するだけの公益上の強い必要性があり、もし行政庁が相当期間内に許可処分をしたとしても右法改正により職権によっても右許可を取消さなければならない場合を除いては、許されず、右不許可処分は違法性を帯びると解するのが相当である。ところで、消防庁長官は、昭和五一年七月八日、都道府県知事あてに、前記消防法改正に関する施行通達を発し、その中で、前記新設許可要件は、主として、当時予想することができない特殊な危険物の貯蔵方法又は取扱方法がとられる場合に対応するためのものであること、右改正によって従来の覊束行為としての許可の性格が変更されたものではないことを示達しておりこれによれば、右新設許可要件は、これを充足しない従前から存する取扱所についての許可処分を職権によっても取消さなければならないほどの公益上の強い必要性に基づくものとはとうてい言うことはできない。従って、参加人は、右改正法の施行後も新設許可要件の欠缺を不許可の理由とすることができないことになる。よって、前項までに述べたところは、右改正法の施行により何ら影響を受けない。

2  抗弁5(一)の不許可処分の事実は、当事者間に争いがない。原告が抗弁5(二)(3)の書面を提出すべき義務を負わないことは前叙のとおりである。抗弁5(二)(1)の書面について検討するに、本政令七条二項に定める書類は、原告が本件申請に際し参加人に対し提出済みであることは当事者間に争いがないのであるから、参加人はこれを前提として再度原告に対し同書類(昭和五七年当時作成に係るもの)の提出を求めたことになる。成立に争いのない乙第三五号証によれば、参加人が右再提出を求めたのは昭和五七年一0月であることが認められ、本件申請時である昭和四八年三月から九年半余の歳月が経過しているから、その間に右申請内容の変更、補充、追加等の必要性が認められる場合もありうるので、その場合はその時点の状況の合致した添付書類を提出するよう原告に求めるのは当然であるけれども、右申請内容の変更等の必要が認められない場合は右添付書類の再提出をする必要がないこともまた明らかである。原告が右添付書類の再提出をしなかったのであれば、そこには右申請時に提出した添付書類の内容に変化はない旨の原告の黙示の意思表示があったと認められるから、右時の経過により特定の事項につき当然添付書類の記載内容につき変更を生ずるはずである旨の主張のない本件では、参加人としては、右申請時に提出された添付書類に基づいて必要な審理をなすべきであり、それは十分実行可能であったと言うべきである。されば、原告が右添付書類の再提出をしない場合必要な審理ができないという本件不許可処分の理由の一つは、根拠を欠く。また、抗弁5(二)(2)の書類については、新設許可要件の充足の有無は、前に詳述したとおり、本件申請に対する審理では全く触れる必要はないのであるから、これまた審理には全く不要と言うほかはない。よって、本件不許可処分は違法であり、参加人の本件申請を許可すべき義務の懈怠は右不許可処分の後も継続していると言うべきである。

七故意・過失

前記証人若宮元の証言によれば、同証人は、本件申請当時、高砂市消防本部指導主幹として、危険物の許認可の職務等を担当していたところ、本件申請を受理してその許否を審理する担当者となったこと、審査は現地調査も含めて一0日ないし一五日間を要したが、その間本件基準に適合しない箇所を発見しないまま審査の終了を確認したこと、それにもかかわらず、参加人が原告に対し、隣接住民の同意書を提出するよう求めた理由は、参加人は、過去に、給油取扱所の設置許可をした後に付近住民等から反対運動が起こる事例に遭遇し、このような紛争を未然に防ぐ手段として、あくまで行政指導として同意書を提出するよう求めることにしたというものであり、その提出要求が法律上の根拠を欠くことは、同証人の熟知するところであったこと、参加人は、本件申請に対して、許可書の写しを交付したことはあるがその原本を原告に交付したことはないことを認識していたことが認められ、すると、参加人の本件申請の担当者は、同申請が本件基準に適合しているため法律上は許可しなければならないことを認識していたにもかかわらず、独自の判断により、許可を留保し続けたと言う他なく、ここに、本件申請に対する許可すべき義務の懈怠についての参加人の当初より一貫した認識・認容すなわち故意を認定することができ、これに反する抗弁4の各主張は、いずれも採用しない。

八原告の損害

1 参加人の本件申請を許可すべき義務の懈怠は、昭和四八年四月一五日ころから昭和六二年八月三一日までの約一四年四か月の間継続している。この間、原告は給油場の経営の大型化、合理化を阻止され、やむなく、参加人から右許可を得ることを目的にして本訴請求(当初は不作為違法確認請求)を提起して単身これを維持し、その甲斐もなく、昭和五八年二月九日には不許可処分を受けたため、その後損害賠償請求へ訴えの変更をしたことは、当裁判所に顕著である。しかも、法の適正な執行を厳に求められている地方公共団体たる参加人が故意によって前記義務の懈怠を継続している本件にあっては、原告の精神的苦痛は大なるものがあると見られ、右一四年四か月余の間の慰謝料としては、金三00万円が相当である。

2  請求原因7(三)及び(四)(報酬及び営業上の利益の逸失)については、これを認めるに足りる証拠がない。

九信義則違反

参加人が三菱石油に許可書の写しを交付したことに原告が関与していたと認められないことは、先に認定したとおりであって、原告の右関与を前提とする抗弁8(信義則違反)の主張は、理由がない。

一0国の責任

消防法一一条二項に定める危険物の取扱所の変更の許可処分は、本来国の事務であり、参加人は、地方自治法一四八条一項、三項、別表第四・二項(一の七)により、これを管理し執行しているものであるから、被告は、参加人の前記不法行為につき、国家賠償法一条一項により、原告の損害を賠償すべき責任を負う。

一一結論

よって、本訴請求は、慰謝料金三00万円の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用し、仮執行免脱宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官林 泰民 裁判官岡部崇明 裁判官井上 薫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例